現代とは意味が違った昔の日本語15選!昔と今で意味が変わった言葉を紹介

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役立つかもな知識談

私たちが普段何気なく使っている日本語。

実は、昔から現在までずっと同じ意味で使われてきたとは限りません。

現在では褒め言葉として使われる言葉が、かつては恐ろしいものを表していたり、今とはまったく違う意味で使われていたりすることがあります。

長い年月の中で使う人や社会が変化すれば、言葉の意味も少しずつ変わっていくからです。

さらに、「昔とは意味が変わった言葉」と「本来の意味を勘違いして使われている言葉」は、似ているようで少し違います。

この記事では、現代とは意味が違った昔の日本語15選を取り上げ、それぞれが昔はどのような意味で使われ、現在の意味へどう変化していったのかを紹介します。

普段使っている言葉の意外な歴史を見ていきましょう。

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  1. 日本語の意味はなぜ時代とともに変化する?
    1. よく使われる意味が少しずつ変わっていく
    2. 良い意味と悪い意味が変わることもある
    3. 社会や生活の変化も言葉に影響する
    4. 「意味が変化した言葉」と「誤用」は同じではない
    5. 昔の意味を知ると古典や昔の文章も面白くなる
  2. 現代とは意味が違った昔の日本語15選
    1. ①すごい|昔は「恐ろしい・気味が悪い」
    2. ②かわいい|もともとは「気の毒だ・不憫だ」
    3. ③ありがたい|もともとは「めったにない」
    4. ④おかしい|昔は「趣がある・興味深い」という意味でも使われた
    5. ⑤あやしい|昔は「不思議だ・神秘的だ」という意味もあった
    6. ⑥やさしい|昔は「恥ずかしい・身が細るようだ」
    7. ⑦うつくしい|昔は「かわいらしい・いとおしい」
    8. ⑧めでたい|昔は「愛すべき・立派だ」という意味もあった
    9. ⑨なまめかしい|昔は「若々しい・みずみずしい」
    10. ⑩あさましい|昔は「驚くほどだ」という意味があった
    11. ⑪かなし・かなしい|昔は「いとおしい」という意味もあった
    12. ⑫にくい・にくし|昔は「気に入らない」という広い意味でも使われた
    13. ⑬大丈夫|昔は「立派な男子」を表す言葉だった
    14. ⑭結構|昔は「組み立てる・構える」という意味から生まれた
    15. ⑮世間|昔は仏教の「この世」を表す言葉だった
  3. 【一覧表】昔と現代で意味が変わった日本語15選
  4. なぜ日本語の意味は変わった?言葉が変化する5つのパターン
    1. ①言葉の意味が広がる
    2. ②言葉の意味が狭くなる
    3. ③悪い意味から良い意味へ変化する
    4. ④良い・中立的な意味から悪い意味へ変化する
    5. ⑤感情や連想から別の意味が生まれる
    6. 意味の変化には長い時間がかかることもある
  5. 昔と意味が変わった言葉と「誤用」は同じ?
    1. 「役不足」は「実力が足りない」という意味ではない
    2. 「敷居が高い」は「高級すぎて入りにくい」だけではなかった
    3. 「煮詰まる」は本来「結論が出る段階に近づく」
    4. 「確信犯」は「悪いと分かっていてわざとやる人」だけを意味する言葉ではなかった
    5. 「失笑」は「笑いも出ないほどあきれる」という意味ではなかった
    6. では、どこからが「正しい日本語」なの?
  6. 今使っている日本語も将来は意味が変わる?
    1. 「やばい」は悪い意味だけではなくなった
    2. 「全然」も使われ方が話題になりやすい言葉
    3. 「普通においしい」の「普通」は本当に普通?
    4. SNSやインターネットは言葉の変化を広げやすい
    5. 若者言葉だからといって必ず消えるわけではない
    6. 100年後の日本語は今とは違っているかもしれない
  7. 古典を現代の意味で読むと勘違いしやすい日本語
    1. 『枕草子』の「をかし」も現在の「おかしい」とは違う
    2. 「あはれ」も単なる「かわいそう」ではない
    3. 同じ漢字だから同じ意味とは限らない
    4. 昔の日本語には当時の人の感覚が残っている
  8. まとめ|昔と現代では日本語の意味も大きく変わっている

日本語の意味はなぜ時代とともに変化する?

現在使われている日本語の中には、数百年、場合によっては千年以上前から使われている言葉があります。

しかし、言葉そのものが残っていても、その意味まで完全に同じとは限りません。

社会や文化、人々の価値観が変わる中で、言葉の使われ方も少しずつ変化してきたからです。

日本語だけでなく、食文化や生活習慣も時代とともに大きく変化してきました。

江戸時代の人々がどのような生活をしていたのか気になる方は、こちらの記事もあわせてご覧ください。

関連記事:江戸時代の庶民は何を食べていた?人気料理15選と食生活を徹底解説

よく使われる意味が少しずつ変わっていく

言葉の意味は、ある日突然変更されるわけではありません。

最初は本来とは少し違った使い方だったものが、多くの人に使われるようになり、それが一般的な意味として定着していくことがあります。

例えば、ある言葉が特定の場面だけで使われていたものの、次第に似た状況でも使われるようになれば、意味の範囲が広がっていきます。

反対に、昔は幅広い意味を持っていた言葉が、現在では限られた意味で使われるようになることもあります。

良い意味と悪い意味が変わることもある

さらに面白いのが、言葉から受ける印象そのものが変化するケースです。

昔は否定的な意味を持っていた言葉が、現在では褒め言葉として使われることがあります。

反対に、かつては悪い意味ではなかった言葉が、時代とともに否定的なニュアンスを持つようになる場合もあります。

このように言葉の評価が良い方向へ変化することを「意味の向上」、悪い方向へ変化することを「意味の悪化」と呼ぶことがあります。

社会や生活の変化も言葉に影響する

言葉は、人々の生活と切り離されたものではありません。

社会制度、仕事、技術、人間関係などが変われば、それを表現する言葉の使われ方も変化します。

例えば、昔存在した身分や職業、生活習慣などに由来する言葉が、元の文化がなくなったあとも別の意味で残ることがあります。

元々の意味を知らずに使っている言葉の中にも、昔の日本人の生活や価値観が隠れていることがあるのです。

「意味が変化した言葉」と「誤用」は同じではない

ここで注意したいのが、「昔とは意味が違う=現在の使い方が間違い」とは限らないことです。

言葉は実際に使われる中で変化します。

新しい意味が多くの人に共有され、辞書にも掲載されるほど定着すれば、それを単純に「誤用」と片付けることは難しくなります。

一方、「役不足」や「確信犯」のように、本来とは異なる意味で使われることが多く、現在でも本来の意味との違いが問題になる言葉もあります。

この記事では、このような「意味を間違えやすい言葉」と、長い歴史の中で実際に意味やニュアンスが変化してきた言葉をできるだけ区別して紹介します。

昔の意味を知ると古典や昔の文章も面白くなる

言葉の昔の意味を知っていると、古典文学や昔の文章を読むときにも役立ちます。

現在の意味だけで解釈すると、昔の文章では意味が通らなくなったり、書き手の意図とはまったく違う受け取り方になったりすることがあるからです。

普段何気なく使っている言葉でも、その歴史をたどってみると意外な意味が隠されています。

では、現在と昔で意味やニュアンスが大きく変わった日本語を具体的に見ていきましょう。

現代とは意味が違った昔の日本語15選

ここからは、現在でも使われているものの、昔とは意味やニュアンスが変化した日本語を15個紹介します。

現在の感覚のまま昔の文章を読むと、まったく違う意味に受け取ってしまう言葉もあります。

①すごい|昔は「恐ろしい・気味が悪い」

現在の「すごい」は非常に便利な言葉です。

「すごい人」

「すごい記録」

「この料理、すごくおいしい」

など、驚くほど優れていることや程度が非常に大きいことを表す言葉として日常的に使われています。

しかし、古い時代の「すごし」は、現在の「素晴らしい」に近い褒め言葉ではありませんでした。

主な意味は、

「ぞっとするほど恐ろしい」「気味が悪い」というものです。

『源氏物語』にも「すごし」が使われた例があり、恐怖や不気味さを感じさせるような場面で登場します。

ほかにも、ぞっとするほど寂しく荒涼とした様子を表すことがありました。

つまり昔の人に「すごい」と言われたとしても、現代のように単純に褒められているとは限らなかったのです。

やがて「強烈な印象を与える」という性質から、「程度が非常に大きい」「並外れている」という方向へ意味が広がっていきます。

現在でも、

「すごい形相」

「すごい嵐」

などの表現には、昔の「恐ろしい」というニュアンスを感じることができます。

そこからさらに意味が広がり、「すごい才能」「すごい選手」のような肯定的な表現にも使われるようになりました。

昔:恐ろしい・気味が悪い・荒涼としている

現在:程度が非常に大きい・並外れている・素晴らしい

悪い意味だけではなく、良い意味にも使えるようになった代表的な言葉です。

②かわいい|もともとは「気の毒だ・不憫だ」

現在の「かわいい」は、人や動物、服、小物など非常に幅広い対象に使われます。

赤ちゃんを見て、

「かわいい」

猫を見て、

「かわいい」

という使い方はごく普通です。

しかし、「かわいい」の歴史をたどると、現在とは少し違った意味が見えてきます。

「かわいい」につながる古い形として「かはゆし」があります。

「かはゆし」には、もともと見ていられない、気の毒だ、不憫だといった意味がありました。

相手が気の毒で見ていられないという感情から、弱い存在や小さな存在を「いとおしい」「大切にしてあげたい」と感じる意味へと変化していったと考えられています。

そして、現在の「愛らしい」という意味の「かわいい」へつながっていきました。

現代の「かわいそう」と「かわいい」は意味が大きく異なりますが、歴史をたどると近い関係を持つ言葉なのです。

昔:気の毒だ・不憫だ・見ていられない

現在:愛らしい・いとおしい

「守ってあげたい」という感情を間に置くと、意味が変化していった流れをイメージしやすいでしょう。

③ありがたい|もともとは「めったにない」

現在では、誰かに助けてもらったときなどに、

「本当にありがたい」

と使います。

「感謝したい」「うれしい」という意味で使われることが多い言葉です。

しかし「ありがたい」は、漢字で書くと「有り難い」です。

文字通り、

「有ることが難しい」という意味を持っていました。

つまり、もともとは「めったにない」「珍しい」という意味です。

古典では、人や物事が非常に珍しいことを「ありがたし」と表現する例があります。

そこから、

めったにない

貴重である

尊い

感謝したくなる

というように意味が広がり、現在の「感謝すべき」「うれしい」という使い方につながっていきました。

現在でも、

「ありがたいお話」

「ありがたい存在」

などには、単なる感謝だけでなく「貴重である」「尊い」というニュアンスが残っています。

昔:めったにない・珍しい

現在:感謝すべき・うれしい・尊い

漢字を見ると、昔の意味を比較的想像しやすい言葉です。

④おかしい|昔は「趣がある・興味深い」という意味でも使われた

現在の「おかしい」には、

「その話はおかしい」

「おかしな人」

のような「変だ・普通ではない」という意味があります。

さらに、

「おかしくて笑ってしまった」

のように「笑いたくなる」という意味でも使います。

ところが、古語の「をかし」は現在よりもかなり幅広い意味を持っていました。

代表的なのが、

「趣がある」「興味深い」「美しい」「素晴らしい」

といった肯定的な意味です。

古典文学を勉強するときに「をかし」という言葉が頻繁に登場するのは、このためです。

特に『枕草子』を理解するうえで重要な言葉として知られています。

美しい景色や興味を引くもの、心を楽しませるものなどに対して「をかし」が使われました。

その後、「面白い」という意味から「笑いたくなる」方向へ意味が移り、さらに「普通とは違って変だ」という現在の意味へ広がっていきます。

昔:趣がある・興味深い・美しい

面白い・笑いたくなる

現在:面白い・変だ・普通ではない

古典で「をかし」と書かれていても、「変だ」と訳してしまうと意味がまったく変わってしまう場合があります。

⑤あやしい|昔は「不思議だ・神秘的だ」という意味もあった

現在「あやしい」と聞くと、

「怪しい人物」

「怪しい店」

「その話は怪しい」

など、疑わしいものを想像する人が多いでしょう。

信用できない、不審であるという否定的な意味が強くなっています。

しかし、古語の「あやし」は現在よりも意味の幅が広い言葉でした。

「不思議だ」「神秘的だ」という意味のほか、「身分が低い」「粗末だ」「見苦しい」といった意味でも使われています。

つまり、昔の「あやし」を見つけたからといって、すべて「不審だ」と現代語訳できるわけではありません。

文脈によって意味を判断する必要があります。

「普通ではない」「不思議である」という感覚から、理解できず疑わしいもの、不審なものを表す方向へ意味が定着していき、現在の「怪しい」につながっています。

昔:不思議だ・神秘的だ・身分が低い・粗末だ など

現在:疑わしい・不審だ

昔の「あやし」が複数の意味を持っていたことを知っていると、古典を読むときにも役立つ言葉です。

⑥やさしい|昔は「恥ずかしい・身が細るようだ」

現在の「やさしい」は、

「やさしい人」

「やさしく声をかける」

など、思いやりがあることや穏やかな性格を表す言葉として使われています。

また、「やさしい問題」のように「簡単である」という意味でも使われます。

ところが、古語の「やさし」は現在とはかなり異なる意味を持っていました。

もともと「やさし」は「痩す(やす)」と関係する言葉とされ、

「恥ずかしい」「肩身が狭い」「身も細るように感じる」といった意味で使われていました。

人から見られることが恥ずかしく、身が細くなるように感じる状態を表していたのです。

そこから、自分を慎み、控えめに振る舞う人物の様子を表すようになります。

さらに、そうした人物に対する評価として「上品だ」「優美だ」「殊勝だ」といった意味も持つようになりました。

そして、他人に対して慎ましく穏やかに接するというイメージから、現在の「思いやりがある」「親切である」という意味へつながっていきます。

昔:恥ずかしい・肩身が狭い

慎ましい・上品だ・優美だ

現在:思いやりがある・穏やかだ

現在の「優しい」という漢字からは想像しにくい、意外な歴史を持つ言葉です。

⑦うつくしい|昔は「かわいらしい・いとおしい」

現代の「美しい」は、

「美しい景色」

「美しい人」

「美しい花」

など、見た目や姿が優れているものに対して使われることが多い言葉です。

ところが古語の「うつくし」は、現在の「美しい」と少しニュアンスが異なります。

古くは、

「かわいらしい」「いとおしい」という意味が中心でした。

特に、小さな子どもなどに対する愛情を表す言葉として使われています。

有名なのが『枕草子』の「うつくしきもの」です。

ここでは、瓜に描いた幼児の顔や、小さな子ども、かわいらしいものなどが挙げられており、現在の「美麗である」というよりも「愛らしい」という感覚に近いことが分かります。

つまり、当時の「うつくし」は現代の「かわいい」に近い場面でも使われていたのです。

その後、「かわいらしく好ましい」という感情から、外見や姿が見事であることを表す意味が強くなっていきました。

昔:かわいらしい・いとおしい

見た目が好ましい

現在:きれいだ・美麗だ・見事だ

「かわいい」の昔の意味が現在とは違う一方、「うつくしい」が昔は現在の「かわいい」に近かったというのも、日本語の面白いところです。

⑧めでたい|昔は「愛すべき・立派だ」という意味もあった

現在「めでたい」といえば、

「結婚というめでたい出来事」

「今日はめでたい日だ」

など、お祝いするべき出来事や喜ばしいことを表すのが一般的です。

しかし、古語の「めでたし」は、現在よりも広い意味で使われていました。

語源的には「愛づ(めづ)」と関係し、

「素晴らしい」「立派だ」「見事だ」「心ひかれる」といった意味を持っていました。

つまり、必ずしも結婚や祝い事のような「おめでたい出来事」だけに使われていたわけではありません。

人物や景色、物事などを見て感心したときにも使うことができた言葉です。

「愛でる」という言葉は現在でも残っています。

桜を愛でる、月を愛でるという場合の「愛でる」は、その美しさを味わったり、賞美したりすることを意味します。

「めでたい」にも、こうした「素晴らしいものをほめたたえる」という意味が含まれていたのです。

そこから、特に喜ばしい出来事や祝うべき出来事に使われることが増え、現在の意味へとつながりました。

昔:素晴らしい・立派だ・見事だ

喜ばしい・祝う価値がある

現在:お祝いするべきこと・喜ばしいこと

現在でも「めでたい」には「喜ばしい」という肯定的な意味が残っているため、意味が完全に別物になったというより、使われる範囲が変化した言葉と考えると分かりやすいでしょう。

⑨なまめかしい|昔は「若々しい・みずみずしい」

現代の「なまめかしい」という言葉には、

「なまめかしい姿」

「なまめかしい仕草」

など、色気や性的な魅力を感じさせるニュアンスがあります。

ところが、古語の「なまめかし」は現在よりも幅広い意味を持っていました。

古くは、

「若々しい」「みずみずしい」「優美だ」といった意味で使われています。

「なま」には「未熟」「新鮮」といった意味があります。

そこから、若々しく新鮮な感じがすることや、みずみずしく美しい様子などを表すようになりました。

さらに、洗練された上品な美しさや優雅さを表す場合にも使われています。

こうした「魅力的で美しい」という要素が次第に強まり、後世になると異性を意識させるような艶っぽさを表す意味へと変化していきました。

昔:若々しい・みずみずしい・優美だ

魅力的で美しい

現在:色っぽい・艶っぽい

昔の文章に「なまめかし」と書かれていても、必ずしも現代のような性的な意味が含まれているわけではありません。

時代や文脈によって意味を判断する必要がある言葉です。

⑩あさましい|昔は「驚くほどだ」という意味があった

現在の「あさましい」は、かなり強い否定的な言葉です。

「あさましい行為」

「欲に目がくらんだあさましい姿」

など、人の態度や行動が卑しいことを批判するときに使われます。

ところが古語の「あさまし」は、現在の「卑しい」とは異なる意味でも使われていました。

中心にあったのは、

「驚くほどだ」「意外だ」「あきれるほどだ」

といった、予想外の出来事に驚く感情です。

良い意味か悪い意味かが最初から完全に決まっている言葉ではなく、思いがけない出来事に接したときの驚きを表していました。

ただし、驚くような出来事には悪い出来事もあります。

「驚くほどひどい」

「見るに堪えない」

といった場面でも使われるうちに、否定的なニュアンスが強くなっていきました。

そして現在では、人の行動などに対する「卑しい」「情けない」「見苦しい」という意味が中心になっています。

昔:驚くほどだ・意外だ・あきれるほどだ

ひどくて驚く・情けない

現在:卑しい・見苦しい

昔は「驚き」を表す意味が中心だったものが、次第に悪い方向の評価へ変化した例といえるでしょう。

⑪かなし・かなしい|昔は「いとおしい」という意味もあった

現在の「悲しい」は、

「別れが悲しい」

「悲しい出来事」

など、つらさや心の痛みを感じるときに使う言葉です。

ところが、古語の「かなし」には現在とは異なる意味もありました。

古くは、

「いとおしい」「かわいい」「心から大切に思う」

という意味でも使われています。

現在の感覚では「悲しい」と「いとおしい」は正反対のようにも感じられます。

しかし、昔の「かなし」の根底には、何かに対して心が強く動かされる感情がありました。

大切な人を思う気持ちが強ければ、その人を「いとおしい」と感じることもあれば、失ったときには深い「悲しみ」を感じることもあります。

こうした強く心に迫る感情の中から、次第に現在の「悲しい」という意味が中心になっていったと考えると分かりやすいでしょう。

昔:いとおしい・かわいい・心に強く感じる

心が強く動かされる

現在:つらい・悲しい

古典の中で「かなし」と書かれていても、必ずしも登場人物が悲しんでいるとは限りません。

前後の文脈によっては「かわいい」「いとおしい」と解釈する必要があります。

⑫にくい・にくし|昔は「気に入らない」という広い意味でも使われた

現在の「憎い」は、

「あの人が憎い」

のように、相手に対して強い嫌悪感や憎しみを抱いている状態を表す言葉です。

かなり強い感情を表す言葉といえるでしょう。

一方、古語の「にくし」は現在よりも意味の範囲が広く、

「気に入らない」「感じが悪い」「不快だ」といった意味でも使われていました。

必ずしも現代の「憎悪する」ほど強烈な感情とは限りません。

さらに興味深いのが、現在でも残っている、

「憎い演出」

「憎いことをする」

という表現です。

この場合、本当に相手を憎んでいるわけではありません。

「しゃくだが感心する」「うまいことをする」といった、ある種の評価を含んだ表現になっています。

このように「にくい」は長い歴史の中でさまざまなニュアンスを持ってきました。

昔:気に入らない・不快だ・感じが悪い

嫌悪する

現在:強く嫌う・憎悪する

現在でも「憎いほどかわいい」「憎い演出」のような特殊な使い方が残っているところが面白い言葉です。

⑬大丈夫|昔は「立派な男子」を表す言葉だった

現在の「大丈夫」は非常によく使われる言葉です。

「体調は大丈夫?」

「これで大丈夫です」

「一人でも大丈夫」

など、

「問題がない」「心配がない」「間違いない」といった意味で使われています。

ところが、「大丈夫」という言葉の成り立ちをたどると、現在とはかなり違う意味が見えてきます。

「丈夫」は、もともと成人した男子を意味する語として中国から伝わった言葉です。

その中でも「大丈夫」は、立派な男子、優れた男子といった意味で使われました。

現在でも「丈夫」という言葉は、

「丈夫な体」

「丈夫な建物」

のように使われています。

ここでは「健康で強い」「壊れにくい」という意味になっています。

立派で強い人物を表すところから、

頼もしい

しっかりしている

心配する必要がない

という方向へ意味が広がり、現在の「問題ない」という使い方につながっていきました。

昔:立派な男子・優れた男子

しっかりしている・頼もしい

現在:問題ない・心配ない

今では男女を問わず、さらには物事に対してまで使える「大丈夫」ですが、昔は人物を表す言葉だったのです。

⑭結構|昔は「組み立てる・構える」という意味から生まれた

「結構」も、現在ではさまざまな場面で使われています。

「結構おいしい」

なら「かなり」という意味。

「結構な品物ですね」

なら「立派だ」という意味。

さらに、

「もう結構です」

と言えば「必要ありません」という意味にもなります。

一つの言葉なのに、文脈によってかなり意味が違います。

「結構」は、もともと漢語で、物を組み立てること、構成することなどを表す言葉でした。

建物などを組み立て、構えることにも使われています。

そこから、物事の構成や出来栄えが立派であるという意味が生まれ、

「見事だ」

「立派だ」

「申し分ない」

といった評価を表すようになりました。

さらに「これで十分だ」という意味へ広がったことで、

「もう結構です」

という現在の断り方にもつながっています。

昔:組み立てること・構成すること

出来栄えが立派だ・申し分ない

十分だ

現在:立派だ・かなり・十分だ・必要ない

現代でも複数の意味が共存しているため、言い方によっては誤解が生まれやすい言葉でもあります。

⑮世間|昔は仏教の「この世」を表す言葉だった

現在の「世間」は、

「世間の目が気になる」

「世間では話題になっている」

「世間は狭い」

など、自分を取り巻く社会や世の中、人々を表す言葉として使われています。

ところが「世間」は、もともと仏教と深い関係を持つ言葉です。

仏教語としての「世間」は、私たちが現在使う単なる「周囲の人々」という意味ではなく、生き物が存在するこの世や世界などを表しました。

仏教では「世間」に対して、世俗を超えたものを「出世間」と表すこともあります。

現在使われる「出世」という言葉も仏教に由来しますが、こちらも後世になって意味が大きく変化した言葉の一つです。

「世間」は日本社会の中で使われ続けるうちに、

この世・世界

世の中

社会

自分の周囲にいる人々

という方向へ意味の中心が移っていきました。

そのため現代の、

「世間体」

「世間の目」

という表現では、世界全体ではなく「周囲の人からどう見られるか」という非常に身近な意味になっています。

昔:この世・世界

世の中・社会

現在:社会・周囲の人々

普段何気なく使っている「世間」という言葉にも、古い仏教文化の痕跡が残されているのです。

ここまで紹介した15の言葉を見るだけでも、日本語の意味が固定されたものではないことが分かります。

「すごい」のように否定的な意味から褒め言葉にも使われるようになったもの、「かわいい」のように感情の方向が変化したもの、「大丈夫」のように人を表す言葉から状態を表す言葉へ変化したものなど、その変化の仕方はさまざまです。

そして、こうした意味の変化は昔だけに起こった現象ではありません。

私たちが現在使っている日本語も、まさに今この瞬間に変化し続けています。

昔の日本語には、今回紹介したもの以外にも意外な意味を持っていた言葉が数多くあります。

古語辞典や日本語の語源を扱った書籍が一冊あると、気になった言葉をさらに詳しく調べることができます。

【一覧表】昔と現代で意味が変わった日本語15選

ここまで紹介した15の言葉について、昔の代表的な意味と現在の主な意味を一覧にすると次のようになります。

言葉昔の代表的な意味現在の主な意味
すごい恐ろしい・気味が悪い並外れている・素晴らしい
かわいい気の毒だ・不憫だ愛らしい・いとおしい
ありがたいめったにない・珍しい感謝すべき・うれしい
おかしい趣がある・興味深い面白い・変だ
あやしい不思議だ・神秘的だ・粗末だなど疑わしい・不審だ
やさしい恥ずかしい・肩身が狭い思いやりがある・穏やかだ
うつくしいかわいらしい・いとおしいきれいだ・見事だ
めでたい素晴らしい・立派だ喜ばしい・祝うべきだ
なまめかしい若々しい・みずみずしい・優美だ色っぽい・艶っぽい
あさましい驚くほどだ・意外だ卑しい・見苦しい
かなしいいとおしい・かわいいという意味もあった心がつらい・悲しい
にくい気に入らない・不快だ強く嫌う・憎悪する
大丈夫立派な男子・優れた男子問題ない・心配ない
結構組み立てること・構成すること立派だ・十分だ・かなり
世間この世・世界社会・周囲の人々

こうして並べてみると、意味の変化にもいくつかのパターンがあることが分かります。

例えば「すごい」は、恐ろしさを表す言葉から「程度が甚だしい」という意味へ広がり、現在では「素晴らしい」という褒め言葉としても使われています。

「かわいい」は「気の毒で見ていられない」という感情から「いとおしい」へと変化しました。

反対に「あさましい」のように、驚きを表していた言葉が次第に否定的な意味を強めた例もあります。

また、「大丈夫」や「世間」のように、もともと表していた対象そのものが現在とは異なる言葉もあります。

このように、日本語の意味の変化は「昔の意味が消えて新しい意味に入れ替わる」という単純なものばかりではありません。

古い意味から新しい意味が派生したり、複数の意味が長期間共存したり、そのうち一つの意味だけが現在まで強く残ったりすることもあります。

そのため、「昔は○○という意味だった」と紹介されている言葉でも、ある時代を境に意味が完全に切り替わったとは限らない点には注意が必要です。

言葉の歴史を知るときは、「昔の意味」と「現在の意味」の間に、長い変化の過程が存在していると考えることが大切です。

なぜ日本語の意味は変わった?言葉が変化する5つのパターン

ここまで見てきたように、昔と現在で意味が違う言葉は少なくありません。

しかし、その変化の仕方はすべて同じではありません。

意味の範囲が広がった言葉もあれば、反対に狭くなった言葉、良い意味や悪い意味へ変化した言葉もあります。

ここでは、言葉の意味が変化する代表的なパターンを見てみましょう。

①言葉の意味が広がる

一つ目は、もともと限られた対象に使われていた言葉が、より多くのものに使われるようになる変化です。

今回紹介した「大丈夫」は、その違いが分かりやすい言葉です。

「大丈夫」はもともと立派な男子などを意味する言葉でしたが、現在では、

「この料理はまだ食べても大丈夫」

「明日の予定は大丈夫」

「一人でも大丈夫」

など、人以外にも非常に幅広く使われています。

対象となる範囲が大きく広がったわけです。

言葉は日常的に使われる中で、本来の対象と似た性質を持つ別のものにも使われることがあります。

その使い方が定着すれば、やがて言葉そのものが持つ意味の一つになっていきます。

②言葉の意味が狭くなる

意味が広がるのとは反対に、昔はいくつもの意味で使われていた言葉が、現在では特定の意味を中心に使われることもあります。

古語の「あやし」は、

「不思議だ」

「身分が低い」

「粗末だ」

など、文脈によってさまざまな意味を持っていました。

現在の「あやしい」は「疑わしい」「不審だ」という意味が非常に強くなっています。

もちろん現在でも「妖しい魅力」のような別のニュアンスは残っていますが、日常会話で「あの人は怪しい」と言えば、多くの場合は「不審な人物」という意味で伝わるでしょう。

昔存在した複数の意味のうち、特定の意味が強く残ることも、意味変化の一つです。

③悪い意味から良い意味へ変化する

言葉が持つ評価そのものが変化する場合もあります。

分かりやすいのが「すごい」です。

古い「すごし」には、ぞっとするほど恐ろしい、気味が悪い、荒涼としているといった意味がありました。

ところが現在では、

「すごい才能」

「すごい作品」

「すごい記録」

など、相手を褒めるためにも頻繁に使われています。

恐ろしく感じるほど強烈であることから、程度が普通ではないことを表すようになり、その「並外れている」という部分が肯定的な対象にも使われるようになったと考えると理解しやすいでしょう。

このように、言葉が持つ評価が以前より好ましい方向へ移っていくことがあります。

④良い・中立的な意味から悪い意味へ変化する

反対に、昔よりも否定的な意味が強くなることもあります。

「あさましい」がその一例です。

古語の「あさまし」は、思いがけない出来事などに対して「驚くほどだ」「意外だ」と感じることを表しました。

しかし、驚くようなひどい出来事に対しても使われる中で、

「情けない」

「見苦しい」

「卑しい」

といった否定的な意味が強くなっていきます。

現在「あさましい人」と言われて喜ぶ人はまずいないでしょう。

昔の意味を知らなければ、最初から悪口として誕生した言葉のように感じてしまいます。

⑤感情や連想から別の意味が生まれる

言葉の意味は、人間が物事を見たときに感じる感情や連想によって変化することもあります。

「かわいい」の歴史は、この仕組みを考えるうえで興味深い例です。

気の毒で見ていられない

不憫である

いとおしく感じる

愛らしい

というように、感情同士のつながりから現在の意味へ近づいていきました。

「ありがたい」も似ています。

有ることが難しい

めったにない

貴重である

尊い

感謝したい

というつながりを考えると、「珍しい」と「感謝する」という一見違う意味が、実は完全に無関係ではないことが分かります。

意味の変化には長い時間がかかることもある

ここまで「昔」と「現在」を分けて紹介してきましたが、実際の言葉の変化はそれほど単純ではありません。

ある年を境に、

「今日からこの言葉は新しい意味になります」

と切り替わるわけではないからです。

古い使い方をする人と新しい使い方をする人が同じ時代に存在し、複数の意味が長期間併存することがあります。

新しい使い方が次第に広まり、それが後の時代にも受け継がれることで、現在の意味が成立していきます。

さらに、昔の意味が完全に消えるとは限りません。

古い意味の名残が慣用表現などの中に残る場合もあります。

言葉の意味は一本の線のように変化するのではなく、古い意味から新しい意味が枝分かれし、その一部が残ったり消えたりしながら変化していくものなのです。

昔と意味が変わった言葉と「誤用」は同じ?

ここまで紹介してきた言葉を見て、

「昔と意味が違うなら、現在の使い方は間違っているの?」

と思った人もいるかもしれません。

しかし、言葉の意味が歴史的に変化することと、ある言葉を本来とは異なる意味で使うことは、必ずしも同じではありません。

日本語には、新しい意味が広く定着して現在では一般的になった言葉がある一方、本来とは異なる意味で使われることが多いため、現在でも使い方に注意が必要とされる言葉もあります。

代表的な例を見てみましょう。

「役不足」は「実力が足りない」という意味ではない

「役不足」は意味を取り違えやすい言葉としてよく知られています。

例えば、

「私には役不足ですが、頑張ります」

という言い方をすると、「自分にはその役を務めるだけの能力がない」という意味に聞こえるかもしれません。

しかし、本来の意味は反対です。

その人の能力に対して、与えられた役目が軽すぎることを「役不足」といいます。

つまり、

「こんな簡単な仕事では、あの人には役不足だ」

なら、その人の能力が高く、もっと重要な仕事を任せられるという意味になります。

自分の能力では役目が重すぎることを表したいのであれば、「力不足」などの表現の方が適しています。

「敷居が高い」は「高級すぎて入りにくい」だけではなかった

現在では、

「高級料亭は敷居が高い」

「初心者には敷居が高い趣味だ」

など、心理的に入りにくい、ハードルが高いという意味で「敷居が高い」が使われることがあります。

一方、従来の意味では、

相手に不義理や面目のないことがあり、その家へ行きにくいという意味で使われてきました。

例えば、長い間借りたものを返していなかったり、迷惑をかけたまま謝っていなかったりして、その人の家を訪ねにくい状態です。

ただし、言葉は実際の使用によって変化します。

文化庁の「国語に関する世論調査」でも「高級すぎたり上品すぎたりして、入りにくい」という理解が広がっていることが調査されてきました。

現在では辞書によって、こうした新しい使い方を掲載している場合もあります。

そのため、「本来と違うから絶対に間違い」とだけ考えるのではなく、意味が変化している途中にある言葉として見ることもできます。

「煮詰まる」は本来「結論が出る段階に近づく」

「会議が煮詰まって、何も思いつかなくなった」

という使い方を耳にすることがあります。

現在では「行き詰まる」と似た意味で使われる場合がありますが、「煮詰まる」の従来の意味は異なります。

料理を煮続けると水分が減り、中身が濃くなっていきます。

そこから、

議論や検討が十分に行われ、結論を出せる段階に近づく

ことを「煮詰まる」と表します。

つまり本来は、

「話し合いが煮詰まり、ようやく結論が見えてきた」

という使い方になります。

ただし、こちらも「行き詰まる」という意味で理解する人が増えており、世代などによって受け取り方が異なる可能性があります。

「確信犯」は「悪いと分かっていてわざとやる人」だけを意味する言葉ではなかった

現在の会話では、

「絶対に分かっていてやっている。あれは確信犯だ」という使い方がよく見られます。

この場合の「確信犯」は、「悪いことだと理解しながら意図的に行う人」という意味でしょう。

しかし、もともとの「確信犯」は、政治的・宗教的・思想的な信念などに基づき、本人が正しいと確信して行う犯罪を指す言葉です。

つまり、

「悪いと分かっているのにやる」

というより、

「本人は自分の行為を正しいと信じている」

という点が重要でした。

現在では従来とは異なる意味で使われる機会が非常に多くなった言葉の一つです。

「失笑」は「笑いも出ないほどあきれる」という意味ではなかった

「ひどすぎて失笑した」

という表現から、「失笑」を「あきれて笑えないこと」だと思っている人もいるかもしれません。

しかし、「失笑」の従来の意味は、

こらえきれずに思わず笑ってしまうことです。

「失」には「失敗」という言葉から悪いイメージを持ちやすいですが、ここでは笑いを抑えきれず、思わず外に出してしまうような意味になります。

現在の「失笑を買う」という表現にも、周囲から笑われるという意味があります。

では、どこからが「正しい日本語」なの?

ここまで見ると、

「それなら、どの意味を使えば正解なの?」と疑問に感じるかもしれません。

言葉について難しいのは、使い方が多数派になったからといって、その瞬間に一律で意味が変更されるわけではないことです。

辞書も、言葉に新しい意味を与えるためのルールブックというより、実際に社会でどのように使われているのかを調査し、その用法を記録する役割を持っています。

そのため、新しい意味が広く使われるようになると、それまで「誤用」とされていた使い方が辞書に掲載される場合もあります。

一方で、世代や場面によって意味の受け取り方が違えば、コミュニケーション上の誤解が生まれる可能性があります。

特に、

・仕事上の文書
・公的な文章
・学校教育
・意味を正確に伝える必要がある文章

などでは、従来の意味を確認して使った方が安全な言葉もあります。

重要なのは、「昔の意味だけが絶対に正しい」と考えることでも、「多くの人が使っているから何でも正しい」と考えることでもありません。

言葉には歴史があり、その時代の人々が実際に使うことで意味が変化していく。

この二つを理解したうえで、相手や場面に合わせて言葉を選ぶことが大切です。

今回紹介した「すごい」「かわいい」「ありがたい」なども、もし昔の意味だけを唯一の正解とするなら、私たちが毎日使っている日本語の多くが「間違い」になってしまいます。

現在では当たり前の日本語も、長い時間をかけて変化した結果なのです。

今使っている日本語も将来は意味が変わる?

ここまで紹介してきた意味の変化は、古い時代だけに起こったものではありません。

言葉は現在も変化を続けています。

私たちが日常的に使っている言葉の中にも、数十年後、数百年後には現在とは違った意味が一般的になっているものがあるかもしれません。

その変化を実感しやすい代表的な言葉が「やばい」です。

「やばい」は悪い意味だけではなくなった

現在の「やばい」は非常に幅広い意味で使われています。

「遅刻しそう。やばい」

なら「まずい」「危険だ」という意味です。

ところが、

「このラーメン、やばいくらいうまい」

「この景色はやばい」

「この曲、やばい」

などと言えば、「ものすごく良い」「素晴らしい」という肯定的な意味にもなります。

同じ「やばい」でも、前後の文脈によって正反対ともいえる意味になるのです。

「やばい」はもともと、危険や不都合な状況などを表す言葉として使われてきました。

そこから「普通ではない」「程度が甚だしい」というニュアンスが強まり、良い出来事にも使われるようになりました。

これは、かつて恐ろしいことなどを表した「すごい」が、現在では「素晴らしい」という褒め言葉にも使われている変化と似たところがあります。

現在の私たちは、まさに言葉の意味が広がっていく途中を見ているともいえるでしょう。

「全然」も使われ方が話題になりやすい言葉

「全然」も、使い方について話題になることが多い言葉です。

学校などでは、

「全然分からない」

「全然できない」

のように、後ろに否定表現を伴う使い方を習った人も多いでしょう。

一方、現在の日常会話では、

「全然大丈夫」

「全然いいよ」

「全然問題ない」

といった肯定表現も珍しくありません。

実は「全然+肯定」が単純に最近生まれた用法だと断定することもできません。

近代の文章にも肯定的な表現と組み合わせた用例が見られます。

その後、「全然~ない」という否定を伴う形が規範的な使い方として強く意識されるようになり、さらに現代では肯定表現との組み合わせが再び日常的に使われています。

言葉の歴史は、必ずしも「古い意味→新しい意味」と一直線に進むわけではないことが分かる例です。

「普通においしい」の「普通」は本当に普通?

「普通」という言葉にも興味深い使われ方があります。

本来、

「普通においしい」

と聞けば、「特別ではないが、おいしい」という意味にも受け取れます。

ところが会話では、

「予想以上においしい」

「ちゃんとおいしい」

「文句なくおいしい」

といった肯定的な意味で使われることがあります。

「普通」が必ずしも「平均的」「特別ではない」という意味だけではなく、話し手の評価を強調するような役割を持つ場合があるのです。

ただし、このような新しい表現は世代や人によって受け取り方が異なります。

若い世代には自然でも、別の世代には違和感のある日本語として聞こえることもあります。

SNSやインターネットは言葉の変化を広げやすい

現代には、昔には存在しなかった大きな環境の変化があります。

インターネットやSNSです。

以前なら、ある地域や仲間内で生まれた表現が全国へ広がるまでには時間がかかりました。

現在では、SNSへの一つの投稿が短時間で多くの人に共有されることがあります。

動画、ゲーム、漫画、アニメ、インターネット上のコミュニティなどから生まれた言葉が、日常会話に入ってくることも珍しくありません。

さらに、既存の日本語に新しい意味が加わるケースもあります。

そのため現代は、新しい言葉だけでなく「既存の言葉の新しい使い方」を目にする機会も多くなっています。

若者言葉だからといって必ず消えるわけではない

新しい言葉が登場すると、

「最近の若者は日本語を乱している」といった意見が出ることがあります。

もちろん、一時的な流行だけで消えていく言葉もたくさんあります。

しかし、若者を中心に使われ始めた表現が世代を越えて定着し、やがて一般的な日本語になる可能性もあります。

そもそも、現在私たちが「正しい」「普通」と感じている日本語の中にも、さらに古い時代までさかのぼれば意味や使い方が違っていたものがあります。

「新しい使い方だから間違い」とは一概には言えません。

一方、新しい意味がすべて定着するわけでもありません。

一時的な流行として消えるのか、特定の世代だけで使われ続けるのか、一般的な日本語として残るのかは、その後の使われ方によって変わります。

100年後の日本語は今とは違っているかもしれない

平安時代、江戸時代、明治時代、そして現代。

日本語はそれぞれの時代で少しずつ変化してきました。

そう考えると、100年後の日本人が現在の文章を読んだとき、

「昔はこんな意味で使っていたのか」

と驚く言葉があっても不思議ではありません。

現在では新しい使い方だと感じる「やばい」などの言葉が、その頃には当たり前の意味として辞書に載っている可能性もあります。

反対に、今は誰もが知っている言葉がほとんど使われなくなっているかもしれません。

言葉は完成したものではなく、人が使い続けることで少しずつ姿を変えていくものです。

昔の日本語を調べる面白さは、単に「昔の人は変わった言葉を使っていた」と知ることだけではありません。

私たちが現在使っている日本語もまた、長い言葉の歴史の途中にある。

そう考えると、普段何気なく使っている一つ一つの言葉も、少し違って見えてくるのではないでしょうか。

古典を現代の意味で読むと勘違いしやすい日本語

昔と現在で意味が変わった言葉は、単なる雑学として面白いだけではありません。

『源氏物語』『枕草子』『徒然草』などの古典を読むときにも重要です。

現在まで残っている言葉ほど、私たちは無意識に「今と同じ意味だろう」と考えてしまうからです。

例えば、古典の文章に「うつくし」と書かれていたとします。

現在の感覚なら、

「美しい景色」

「美しい女性」

などを想像するかもしれません。

しかし、古語の「うつくし」は「かわいらしい」「いとおしい」という意味で使われることがあります。

現代語の「美しい」だけを当てはめると、文章が表現している感情を正確に理解できない場合があるのです。

『枕草子』の「をかし」も現在の「おかしい」とは違う

特に有名なのが、清少納言の『枕草子』です。

『枕草子』を理解するうえで重要な言葉の一つが「をかし」。

現在の「おかしい」から、

「変だ」

「笑える」

という意味を想像してしまいそうですが、古典ではそれだけではありません。

「趣がある」「興味深い」「素晴らしい」「美しい」といった感覚を表すことがあります。

清少納言が何かを「をかし」と評価しているからといって、その対象を笑っているわけではないのです。

「あはれ」も単なる「かわいそう」ではない

古典で頻繁に登場する「あはれ」も、現代とは感覚が異なる言葉です。

現在では「あわれ」と聞くと、

「かわいそうだ」

「気の毒だ」

という意味を思い浮かべる人が多いでしょう。

しかし古典の「あはれ」は、それだけではありません。

何かに触れて心が動かされる感情を幅広く表し、しみじみとした感動、愛情、悲しみ、趣深さなど、文脈によってさまざまな感情を含みます。

平安文学を語る際に使われる「もののあはれ」も、単純に「物事がかわいそう」という意味ではありません。

物事に触れたときに生まれる、しみじみとした情感などを表す言葉です。

同じ漢字だから同じ意味とは限らない

さらに注意したいのが、現代でも使われている漢字が登場する場合です。

「ありがたし」

「やさし」

「かなし」

などは、現代の「ありがたい」「優しい」「悲しい」と形がよく似ています。

そのため、意味も同じだと思ってしまいがちです。

しかし、

「ありがたし」=めったにない

「やさし」=恥ずかしい・肩身が狭い

「かなし」=いとおしい・かわいいという意味もある

というように、現代とは異なる意味で使われることがあります。

逆にいえば、こうした基本的な意味の違いをいくつか知っているだけでも、古典の文章はかなり違って見えてきます。

昔の日本語には当時の人の感覚が残っている

古い言葉を調べる面白さは、昔の意味を暗記することだけではありません。

なぜその言葉がそのような意味を持っていたのかを考えると、当時の人々が物事をどのように捉えていたのかも見えてきます。

「かわいい」と「気の毒」が歴史的につながっていたり、「ありがたい」が「めったにない」ことから感謝を表す言葉へ変化したりしたことからも、人間の感情と言葉が密接につながっていることが分かります。

そして、昔の意味が完全に消えてしまったわけではありません。

現在の言葉の中にも、古い意味の痕跡が残っていることがあります。

現代の日本語と古典の日本語は別々に存在しているのではなく、長い時間をかけてつながっているのです。

まとめ|昔と現代では日本語の意味も大きく変わっている

今回は、現代とは意味が違った昔の日本語15選を紹介しました。

普段何気なく使っている「すごい」「かわいい」「ありがたい」「やさしい」などの言葉にも、現在とは異なる意味で使われていた歴史があります。

中には、

「すごい」のように恐ろしさを表す言葉から褒め言葉にも使われるようになったもの。

「かわいい」のように「気の毒だ」という感情から「愛らしい」という意味へ変化したもの。

「大丈夫」のように人物を表していた言葉が「問題ない」という状態を表すようになったもの。

「あさましい」のように、昔より否定的な意味が強くなったものもあります。

このように、言葉の意味が変化する過程は一つではありません。

そして重要なのは、昔と現在で意味が違うからといって、現在の使い方が必ずしも間違いというわけではないことです。

言葉は実際に人々が使うことで少しずつ変化します。

現在では当たり前になっている日本語も、何百年も前には違う意味で使われていた可能性があります。

一方、「役不足」「敷居が高い」「煮詰まる」「確信犯」など、本来の意味とは異なる使い方が広がり、世代や人によって意味の受け取り方が異なる言葉もあります。

こうした言葉では、相手や使用する場面によって表現を選ぶことも大切です。

そして、日本語の変化は今も続いています。

現在の「やばい」のように、悪い意味だけでなく「素晴らしい」という意味でも使われる言葉があります。

100年後、200年後には、私たちが現在使っている日本語の意味もさらに変わっているかもしれません。

昔の日本語を知ることは、単に古い言葉を覚えることではありません。

「なぜこの意味になったのだろう?」と歴史をたどることで、現在使っている日本語をより深く知ることにもつながります。

普段何気なく使っている言葉が気になったときは、その語源や昔の意味を調べてみてはいかがでしょうか。

意外な日本語の歴史が隠れているかもしれません。

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