世界には、日本で暮らしているとなかなか出会うことのない、さまざまな文化や習慣があります。
結婚前に食器を割ったり、新年にザクロを割ったり、街中で大量のトマトを投げ合ったり――。
日本人から見ると「どうしてそんなことをするの?」と思ってしまう風習でも、その背景を調べてみると、長い歴史や宗教、縁起担ぎ、家族や地域とのつながりなど、それぞれに理由が隠されています。
一方で、「○○ではこんな変わった風習がある」と紹介されている情報の中には、国全体の習慣ではなく特定の地域だけで行われているものや、現在ではほとんど見られなくなったものもあります。
そのため、単に「海外の変わった文化」として見るのではなく、どこで、どのような意味を持って行われているのかを知ることも大切です。
この記事では、世界各地で見られる不思議な風習・文化・習慣15選を、その由来や意味とともに紹介します。
日本では当たり前だと思っている習慣と比べながら、世界の文化の多様性を楽しんでみてください。
- 世界には日本人が驚く不思議な風習がある
- 世界の不思議な風習15選
- 1.スペイン|街中でトマトを投げ合う「ラ・トマティーナ」
- 2.フィンランド|生活の一部になっている「サウナ文化」
- 3.デンマーク|25歳の独身者にシナモンをかける風習
- 4.ドイツ|結婚前に食器を割る「ポルターアーベント」
- 5.スコットランド|結婚前の新郎新婦を汚す「ブラックニング」
- 6.インド|食事を「右手」で食べる文化
- 7.韓国|年長者を重んじる食事・飲酒の作法
- 8.エチオピア|時間をかけて客をもてなす「コーヒーセレモニー」
- 9.モンゴル|遊牧文化に根付く「ゲルでの客人のもてなし」
- 10.タイ|人の頭をむやみに触らない文化
- 11.ギリシャ|新年にザクロを割って幸運を願う
- 12.メキシコ|死者を明るく迎える「死者の日」
- 13.フィリピン|9月から始まる非常に長いクリスマスシーズン
- 14.中国|春節に幸運を贈る赤い封筒「紅包」
- 15.ニュージーランド・マオリ|鼻と額を合わせる挨拶「ホンギ」
- まとめ|世界の不思議な風習を知ると文化の違いが見えてくる
世界には日本人が驚く不思議な風習がある
世界には、その土地で暮らす人にとっては当たり前でも、日本人から見ると驚いてしまうような文化や習慣が数多くあります。
食事の仕方、挨拶、結婚式、お祭り、新年の過ごし方など、私たちの日常生活に関わるさまざまな場面に文化の違いが表れます。
しかし、海外の風習を知るうえで覚えておきたいのが、「不思議=おかしい」という意味ではないことです。
不思議な風習にもそれぞれ意味や背景がある
一見すると変わった行動に見えても、その背景には歴史や宗教、縁起担ぎ、自然環境などが関係していることがあります。
たとえば日本でも、正月になると神社や寺院へ初詣に行ったり、節分に豆をまいたり、お盆に先祖を迎えたりします。
日本で育った人にはなじみ深いものですが、文化的背景を知らない外国人から見れば、
「なぜ豆を投げるの?」
「なぜ新年に大勢の人が神社へ行くの?」
と不思議に感じるかもしれません。
世界の風習も同じです。
行動だけを見るのではなく、**「なぜその風習が行われるようになったのか」**まで知ると、その土地の文化や価値観が見えてきます。
国全体ではなく特定の地域だけの風習もある
「○○の風習」と紹介されていても、その国に住むすべての人が行っているとは限りません。
特定の町や地域だけのお祭りだったり、特定の民族・宗教・コミュニティに伝わる習慣だったりすることもあります。
また、同じ国でも地域や世代によって風習が異なる場合があります。
そのため、この記事でも必要に応じて、
「○○国の一部地域」
「○○地方で行われる」
「○○という行事で見られる」
など、できるだけ実際に行われている範囲が分かるように紹介していきます。
昔の風習が現在も続いているとは限らない
もう一つ注意したいのが、文化や風習は時代とともに変化するということです。
インターネット上では「世界の変わった風習」として紹介されていても、実際には昔行われていたもので、現在ではほとんど見られなくなっている場合があります。
反対に、古くから続く風習が現代の生活に合わせて形を変えながら残っていることもあります。
この記事では、単にインパクトの強い話を集めるのではなく、現在も確認できる文化・行事を中心に、その背景まで紹介していきます。
それでは、日本人から見ると驚いてしまうかもしれない、世界の不思議な風習を見ていきましょう。
世界の不思議な風習15選
ここからは、世界各地で見られる日本人には少し不思議に感じる文化・風習・行事を15個紹介します。
単に「変わっている」というだけではなく、どのような意味があるのか、なぜ始まったのかといった背景にも注目してみましょう。
1.スペイン|街中でトマトを投げ合う「ラ・トマティーナ」
スペイン東部、バレンシア州にあるブニョール(Buñol)という町では、毎年8月に「ラ・トマティーナ(La Tomatina)」と呼ばれる非常にユニークなお祭りが開催されています。
その最大の特徴は、参加者同士が大量のトマトを投げ合うこと。
祭りが始まると町の通りはトマトで真っ赤になり、大勢の参加者が全身トマトまみれになりながら祭りを楽しみます。
日本のお祭りからはなかなか想像できない光景ですが、現在ではスペインを代表するユニークな祭りの一つとして世界的に知られています。

ラ・トマティーナはどうして始まった?
ブニョール市観光局などによると、ラ・トマティーナの始まりは1945年にさかのぼります。
当時、町では「巨人と大頭人形」のパレードなどが行われていました。
その最中に若者たちがパレードへ加わろうとしたことをきっかけに騒動が起こり、近くにあった野菜売り場のトマトを人々が投げ合う事態になったとされています。
普通ならそこで終わりそうな出来事ですが、翌年には若者たちが自分たちでトマトを持参して再びトマトを投げ合いました。
こうして繰り返されるうちに、次第に町の恒例行事へと発展していったのです。
一度は禁止されたこともある
現在では有名なラ・トマティーナですが、最初から正式な祭りとして認められていたわけではありません。
1950年代初めには禁止され、参加者が拘束されたこともあったとされています。
その後、1957年には祭りの禁止に抗議するため、巨大なトマトを入れた棺を運ぶ「トマトの葬式」が行われました。
こうした経緯を経てラ・トマティーナは再び認められ、やがて正式な祭りとして定着していきました。
さらに2002年には、スペインの「国際観光興味祭(Fiesta de Interés Turístico Internacional)」にも認定されています。
現在も毎年開催されている
ラ・トマティーナは現在もブニョールで開催されています。
基本的には8月最後の水曜日に行われ、世界各地から多くの参加者が集まる国際的なイベントになりました。
2026年も8月26日に開催されています。
現在では単にトマトを自由に投げればよいわけではなく、安全のためのルールも設けられています。
たとえば、トマトは投げる前につぶしてから使用するなど、参加者同士がけがをしないための決まりがあります。
1945年の偶然の騒動から始まった出来事が、80年以上を経て世界中から人が集まる祭りになったと考えると、それ自体も興味深い歴史といえるでしょう。
日本人から見るとここが不思議!
日本では食べ物を粗末にしないことが重視されるため、大量のトマトを人に投げる光景に驚く人も多いでしょう。
しかし、ラ・トマティーナは単なる「食べ物の投げ合い」ではなく、ブニョールの歴史の中で受け継がれてきた地域の祭りです。
現在では世界中から参加者が訪れる観光イベントでもあり、人口規模の小さな町を世界的に有名にした祭りの一つでもあります。
偶然始まったトマト投げが町を代表する文化になったという点も、世界の風習の面白さを感じさせてくれます。
2.フィンランド|生活の一部になっている「サウナ文化」
日本でも温泉施設やスーパー銭湯などで人気のサウナ。
近年は日本でも「サ活」や「ととのう」といった言葉が広まり、サウナを趣味として楽しむ人も珍しくなくなりました。
しかし、「サウナの国」として知られるフィンランドでは、サウナは単なるレジャーや健康習慣というだけではありません。
家族との時間を過ごしたり、心身を落ち着かせたりする場所として、日常生活の中に深く根付いています。

フィンランドには驚くほど多くのサウナがある
フィンランドのサウナ文化を象徴するのが、その圧倒的な数です。
ユネスコが2020年の無形文化遺産登録時に紹介した情報によると、人口約550万人に対して、フィンランドには約330万ものサウナがあるとされていました。
日本人にとってサウナといえば、温泉施設やサウナ専門店などへ入りに行くイメージが強いかもしれません。
一方、フィンランドでは公共サウナだけでなく、住宅や集合住宅、別荘などにもサウナが設置されています。
それほどサウナが身近な存在なのです。
サウナは体を洗うだけの場所ではない
フィンランドのサウナ文化で興味深いのは、その役割です。
ユネスコでは、フィンランドのサウナについて単に体を洗う場所ではなく、体と心を清め、心の平穏を感じる場所として紹介しています。
伝統的には神聖な空間として考えられてきた歴史もあります。
そのため、フィンランドのサウナは「汗をかくための設備」というだけでは説明できません。
家族や友人などと一緒に時間を過ごす場所であると同時に、一人で静かに過ごす場所にもなります。
世代を超えてサウナの入り方や文化が受け継がれていることも特徴です。
フィンランド式サウナに欠かせない「ロウリュ」
フィンランドのサウナを語るうえで欠かせないのが「ロウリュ(löyly)」です。
熱せられたサウナストーンに水をかけると蒸気が発生し、室内の体感温度や湿度が上昇します。
日本でも「ロウリュ」という言葉は広く知られるようになりましたが、もともとはフィンランド語です。
フィンランドのサウナ文化では、この石に水をかけたときに生まれる蒸気や熱気が、サウナ体験の中心的な要素になっています。
サウナと聞くと単純に「高温の部屋に入るもの」と考えてしまいがちですが、フィンランドでは蒸気や熱の感じ方も含めてサウナを楽しんでいるのです。
サウナにもさまざまな種類がある
フィンランドのサウナがすべて同じというわけではありません。
電気で温めるサウナのほか、薪を使うサウナや、伝統的なスモークサウナなど、さまざまなタイプがあります。
特にスモークサウナは、煙突を使わずに薪を燃やして室内を温め、十分に温まったところで煙を外へ出してから入る伝統的な方式です。
都市部の住宅にある現代的なサウナと、湖畔の別荘にある薪式サウナでは、同じ「サウナ」でもかなり違った雰囲気を楽しむことができます。
フィンランドの自然とサウナが結び付いた光景も、この文化を象徴するものの一つです。
サウナ文化そのものがユネスコ無形文化遺産に
フィンランドのサウナ文化は、2020年にユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に登録されました。
重要なのは、特定のサウナ施設や建物が世界遺産になったわけではないということです。
登録されたのは、フィンランドの人々が受け継いできた「サウナ文化」そのもの。
家庭の中で親から子へ伝えられるだけでなく、サウナに関係する団体などを通じても文化が継承されています。
私たちが普段何気なく行っている入浴にも独自の作法や文化があるように、フィンランドではサウナが世代を超えて受け継ぐ文化遺産になっているのです。
日本人から見るとここが不思議!
日本にも温泉や銭湯という世界的に見ても特徴的な入浴文化があります。
そのため、サウナそのものにはそれほど驚かないかもしれません。
しかし、驚くのはサウナが生活へ入り込んでいる規模です。
住宅や別荘など身近な場所にサウナがあり、家族や友人と過ごす場所として利用され、その文化そのものが無形文化遺産として認められている――。
日本人にとっての「お風呂」に近い身近さを持ちながら、フィンランド独自の歴史や価値観が形成されているところに、この文化の面白さがあります。
日本の温泉文化とフィンランドのサウナ文化を比べてみると、同じ「体を温める」という行為でも、国によって発展の仕方が大きく異なることが分かります。
3.デンマーク|25歳の独身者にシナモンをかける風習
誕生日といえば、ケーキを食べたりプレゼントを贈ったりしてお祝いするのが一般的です。
ところがデンマークには、25歳の誕生日を迎えた独身者に対して、友人たちがシナモンをかけて祝うという、一風変わった習慣があります。
SNSなどでは、全身がシナモンまみれになった人の写真や動画が紹介されることもあり、日本人から見ると、
「どうして誕生日にシナモン?」と驚いてしまう風習です。

なぜ25歳の独身者にシナモンをかけるの?
この風習の背景には、香辛料を扱っていた商人たちにまつわる歴史があるといわれています。
かつて香辛料商人は仕事のため各地を移動することが多く、結婚する機会を逃して独身のまま過ごす人もいたとされます。
デンマーク語では、独身男性をからかう表現として「pebersvend(ペバーズヴェン)」、女性については「pebermø(ペバーモ)」という言葉が使われてきました。
「peber」は「コショウ」を意味します。
こうした「香辛料」と「独身者」を結び付ける文化が、現在の誕生日の習慣につながったと考えられています。
25歳ではシナモン、30歳になるとコショウ?
興味深いのは、年齢によって使われる香辛料が変わることです。
25歳で独身の場合にはシナモンを使った祝い方が知られていますが、30歳になっても独身の場合には、今度はコショウが登場することがあります。
もちろん、25歳や30歳の独身者全員が必ずこのようなお祝いをされるわけではありません。
友人同士の冗談や誕生日の余興として行われるもので、どの程度行うかも人やグループによって異なります。
そのため、
「デンマークでは25歳までに結婚しなければ必ずシナモンをかけられる」という意味ではありません。
あくまで、昔からの言葉や香辛料商人にまつわる文化を背景にしたユーモラスな誕生日の習慣として知られています。
ときには想像以上に豪快なお祝いになることも
軽くシナモンを振りかける程度なら、日本でも誕生日のいたずらとして理解できそうです。
しかし、この習慣が話題になる理由は、その豪快さにもあります。
友人たちによって大量のシナモンを浴びせられ、服や髪までシナモンだらけになってしまうこともあります。
そのため、海外の珍しい文化として写真や動画で紹介されると、非常にインパクトがあります。
ただし、粉末状のシナモンを大量に吸い込むことには危険もあります。
本来は楽しい誕生日のお祝いであっても、健康や安全への配慮は必要です。
「独身=悪いこと」という意味ではない
この風習を知ると、
「デンマークでは25歳までに結婚することを求められるの?」と思うかもしれません。
しかし、現代のデンマーク社会において、25歳で独身であること自体が珍しいわけではありません。
この習慣も、結婚を強制する制度ではなく、友人同士で誕生日を面白く祝う伝統として捉えるのが適切です。
文化的背景を知らずに写真だけを見ると「独身者への罰」のように見えてしまうかもしれませんが、実際にはユーモアを含んだ祝い方なのです。
日本人から見るとここが不思議!
日本にも、還暦で赤いちゃんちゃんこを着るなど、特定の年齢と結び付いた祝い方があります。
しかし、
「25歳+独身+シナモン」
という組み合わせは、日本人にはかなり意外に感じられるでしょう。
さらに30歳になるとコショウが登場するというのも面白いところです。
一見すると単なるいたずらのようですが、その背景をたどると、香辛料商人や「独身者」を表す昔からの言葉へとつながっています。
何気ない誕生日の祝い方にも、その国の歴史や言葉が残されている好例といえるでしょう。
4.ドイツ|結婚前に食器を割る「ポルターアーベント」
結婚を控えた二人に贈るものといえば、日本ではご祝儀やプレゼントを思い浮かべる人が多いでしょう。
ところがドイツには、結婚を控えたカップルのために集まった家族や友人たちが、食器などを次々と割る「ポルターアーベント(Polterabend)」と呼ばれる伝統があります。
お祝いの席でわざわざ食器を割る――。
日本では「縁起が悪そう」と感じてしまうかもしれませんが、ドイツでは反対に、割れた陶磁器の破片が幸運につながると考えられてきました。
ポルターアーベントとは?
「Polterabend」の「poltern」には、大きな音を立てる、騒音を立てるといった意味があります。
ポルターアーベントは結婚式の前に行われる祝いの集まりで、友人や家族、近所の人などが集まり、持ち寄った陶磁器や食器を割ります。
皿やカップなどが地面に叩きつけられるため、会場には大きな音が響きます。
ただし、ドイツで結婚するすべてのカップルが必ず行うわけではなく、地域や家庭によって違いがあります。
現在でも受け継がれている伝統的な結婚習慣の一つと考えるのがよいでしょう。
なぜ結婚前に食器を割るの?
ポルターアーベントでは、大きな音を立てることによって悪いものを遠ざけるという意味が伝えられてきました。
さらにドイツには、
「Scherben bringen Glück」という有名な言い回しがあります。
意味は「破片は幸運をもたらす」といったもの。
つまり、日本人には縁起が悪そうに見える「食器が割れる」という出来事が、ドイツでは結婚を祝う縁起のよい行為として使われているのです。
同じ出来事でも、文化によって意味がまったく逆になるところが面白いですね。
割った後は新郎新婦が一緒に片付ける
ポルターアーベントの興味深いところは、食器を割って終わりではないことです。
大量に散らばった破片は、新郎新婦となる二人が協力して片付けます。
これは、これから始まる結婚生活の中で起こるさまざまな困難も、夫婦が力を合わせて乗り越えていくことを象徴するとされています。
友人たちは豪快に食器を割り、その後始末はこれから夫婦になる二人が協力して行う――。
一見すると少し大変なお祝いですが、結婚生活に必要な「協力」を表した風習でもあるのです。
何でも割っていいわけではない
ポルターアーベントというと、
「割れるものなら何でもいいの?」と思うかもしれません。
しかし、伝統的には陶器や磁器などが使われ、ガラスを割ることは避けられます。
そのため、ワイングラスなどを大量に割る行事と考えるのは正確ではありません。
「食器を割る」というインパクトだけが海外へ伝わると、この部分が省略されてしまうこともあります。
実際の文化を知るときには、「何を割るのか」にも意味や決まりがあることが分かります。
ユダヤ教の結婚式でグラスを割る風習とは別物
結婚式で何かを割る文化として有名なのが、ユダヤ教の結婚式でグラスを割る習慣です。
そのため、ポルターアーベントと混同されることがあります。
しかし、ドイツのポルターアーベントは、結婚前の祝いの場で参加者が陶磁器などを割る風習であり、ユダヤ教の結婚式で行われるグラスを割る儀式とは別のものです。
「結婚」と「割る」という部分は似ていても、その文化的背景は異なります。
日本人から見るとここが不思議!
日本では、結婚式のようなお祝いの場では「切れる」「別れる」「壊れる」といった言葉や出来事を避けることがあります。
そのため、結婚を祝うために大量の食器を割るポルターアーベントは、かなり大胆な風習に感じられるでしょう。
しかしドイツでは、
食器を割る → 幸運を願う → 二人で片付ける → 夫婦の協力を表す
という意味につながっています。
日本では避けられそうな「割れる」という出来事が、別の文化では幸運や夫婦の絆を象徴する。
世界の風習を比べる面白さがよく分かる例といえるでしょう。

5.スコットランド|結婚前の新郎新婦を汚す「ブラックニング」
結婚式を目前に控えた新郎新婦といえば、できるだけきれいな姿で当日を迎えたいもの。
ところがスコットランドの一部地域には、そのイメージとは正反対ともいえる婚前の風習があります。
その名も「ブラックニング(Blackening)」。
結婚を控えた新郎や新婦を友人たちが捕まえ、全身をさまざまなもので汚したうえで、人々の目につくように町や地域を連れ回すという非常にインパクトのある風習です。
写真だけを見ると、
「これは本当に結婚のお祝いなの?」と思ってしまうかもしれません。
しかし、ブラックニングには長い歴史があり、現在もスコットランドの一部地域で受け継がれています。
ブラックニングでは何をするの?
ブラックニングの方法には地域やグループによって違いがありますが、新郎や新婦を友人たちが捕まえ、汚れやすいものを全身につけるのが特徴です。
使われるものもさまざまで、
・小麦粉
・卵
・糖蜜
・羽毛
・食べ物など
が使われることがあります。
こうして全身を汚された新郎新婦は、その姿のまま地域の人たちに見えるように連れ回されることがあります。
本人にとってはかなり恥ずかしい体験になりそうですが、結婚前の一種の通過儀礼として行われてきました。
実は「足を洗う儀式」から発展した?
現在のブラックニングを見ると、最初から新郎新婦を汚すために始まった風習のように思えます。
しかし、その歴史を調べてみると意外なルーツが見えてきます。
ブラックニングについて研究しているアバディーン大学の研究者Sheila Youngによると、この風習は「feet-washing(足洗い)」と呼ばれる、より古い婚前儀礼から発展したと考えられています。
もともとは結婚前に新郎や新婦の足を洗う儀式でした。
ところが19世紀初頭には、すすなどを使って足や脚を黒くしてから洗う行為が記録されるようになります。
その後、黒くすることと洗うことを繰り返す遊びのような要素が加わり、さらに時代が進むと、新郎新婦を捕まえたり、人前へ連れ出したりする現在のブラックニングに近い形へ変化していったとされています。
つまり、
「きれいにする儀式」から「思い切り汚す儀式」へ
長い年月をかけて変化していったのです。
スコットランド全土で行われているわけではない
ブラックニングは「スコットランドの結婚風習」として紹介されることがありますが、スコットランドで結婚する人が全員行うわけではありません。
現在では特に、スコットランド北部や北東部などの農村地域を中心に残っている伝統とされています。
地域によって行い方にも違いがあり、新郎だけの場合もあれば、新婦や二人とも対象になる場合もあります。
そのため、
「スコットランドでは結婚前に必ず全身を汚される」という理解は正確ではありません。
あくまで一部地域で受け継がれている婚前の伝統です。
結婚前の「通過儀礼」としての意味
現代のブラックニングには、友人や地域の人々が参加する非常ににぎやかなイベントとしての側面があります。
結婚によって人生の新しい段階へ進む人を、周囲の人たちが盛大に送り出す通過儀礼の一つと見ることもできます。
新郎新婦にとっては大変そうですが、地域の人たちに姿を見せるという部分にも、共同体の中で結婚を祝う昔ながらの文化が感じられます。
現在では結婚式そのものが多様化していますが、こうした地域独自の婚前行事が残っていることも興味深いところです。
日本人から見るとここが不思議!
日本では結婚式が近づくと、美容院へ行ったり衣装を準備したりして、新郎新婦ができるだけきれいな状態で当日を迎えようとするのが一般的です。
それだけに、結婚前の人をわざわざ全身汚してしまうブラックニングは、かなり衝撃的な風習に見えるでしょう。
さらに興味深いのが、そのルーツが「足を洗う儀式」にあること。
長い年月の中で、
足を洗う儀式 → 足を黒くして洗う → 遊びの要素が加わる → 全身を汚して人前へ
というように形を変えてきたと考えられています。
現在の姿だけを見ると奇抜な風習ですが、その歴史をたどることで、文化が時代とともに変化していく様子まで見えてきます。
世界の不思議な風習は、「何をするのか」だけでなく、「なぜ現在の形になったのか」を調べてみると、さらに面白くなるのです。
6.インド|食事を「右手」で食べる文化
日本では、ご飯を食べるときに箸を使うのが一般的です。
一方、インドをはじめとする南アジアの一部では、食事を手で食べる文化が広く見られます。
カレーやご飯まで手を使って食べる光景を初めて見た日本人は、
「熱くないの?」
「どうやってカレーを手で食べるの?」
と驚くかもしれません。
しかし、手で食べることは単に「食器を使わない」ということではありません。
そこには長く受け継がれてきた食文化や作法があります。

カレーも手で上手に混ぜて食べる
インド料理を手で食べる場合、一般的には指先を使います。
たとえば、ご飯とカレーを適量混ぜ合わせ、指先でまとめて口へ運びます。
ナンやロティなどのパン類なら、手でちぎってカレーや料理と一緒に食べることもあります。
手のひら全体を料理の中へ入れるというより、指を上手に使って食べるのがポイントです。
慣れている人の食べ方を見ると、箸やスプーンを使うのと同じように自然に料理を口へ運んでいます。
なぜ「右手」が使われるの?
インドの伝統的な食事作法では、右手で食べることが重視されてきました。
その背景の一つに、右手と左手を異なる用途に使い分けてきた衛生上・文化上の習慣があります。
左手は伝統的に排泄後の洗浄などに使用されるため、食事や食べ物の受け渡しには右手を使うという考え方があります。
そのため、手で食事をするときだけでなく、食べ物を誰かに渡す場面などでも右手が使われることがあります。
ただし、インドは非常に広く、多数の宗教・民族・地域文化が存在する国です。
すべての人がまったく同じ作法で食事をしているわけではありません。
手で食べることにもメリットがある?
手で食べると、料理の温度や硬さ、感触などを口へ入れる前に指で感じることができます。
ご飯とカレーの混ざり具合を自分で調整したり、一口の量を決めたりできるのも特徴です。
つまり手は、食べ物を口へ運ぶだけではなく、食事を感じるための道具にもなっています。
私たち日本人が箸の使い方を自然に覚えていくように、手を使った食べ方にも長い経験の中で形成された技術や作法があるのです。
現代のインドではスプーンやフォークも普通に使われる
ここで注意したいのが、
「インドでは食事をすべて手で食べる」というイメージです。
もちろん、そのようなわけではありません。
現代のインドではスプーンやフォークなどのカトラリーも広く使われています。
料理によって食べ方を変えることもありますし、家庭や地域、本人の好みによっても異なります。
都市部のレストランなどでは、スプーンやフォークが用意されていることも珍しくありません。
そのため、「インド人=必ず手で食べる」と考えるのではなく、手で食べることが現在も大切な食文化の一つとして存在していると理解するのがよいでしょう。
日本にも「手で食べる料理」はたくさんある
よく考えてみると、日本人もすべての料理を箸で食べているわけではありません。
おにぎりや寿司、パン、お菓子などは手で食べることがあります。
寿司については、握り寿司を手で食べることも伝統的な食べ方の一つです。
つまり、「手で食べること」そのものが珍しいのではなく、どの料理まで手を使って食べるのかが文化によって違うとも考えられます。
日本人にとって当たり前の「箸を使う」という行為も、箸文化のない地域の人から見れば、最初は難しく不思議な食べ方に見えるかもしれません。
日本人から見るとここが不思議!
日本人が特に驚きやすいのは、ご飯やカレーのような料理まで手を使って食べることでしょう。
しかし実際には、そこにも指の使い方や右手を使うといった作法があります。
日本では箸、インドでは手を使う食文化もある。
使う道具は違っていても、それぞれに長い歴史の中で形成された食事のマナーがあります。
「手で食べるなんて不思議」と考えるだけでなく、自分たちの箸文化を外から眺めてみると、世界の食文化の違いがより面白く感じられるでしょう。
7.韓国|年長者を重んじる食事・飲酒の作法
日本と距離が近く、食文化にもなじみを感じることの多い韓国。
しかし、食事やお酒の席では、年齢や立場を意識した独特の作法が見られます。
その背景には、韓国社会に長く影響を与えてきた儒教的な価値観があり、特に年長者への敬意が食事のマナーにも表れています。

年長者が食べ始めるまで待つ
伝統的な食事マナーの一つが、年長者を先に立てることです。
家族や目上の人と食卓を囲む場合、年下の人は年長者が箸やスプーンを取って食べ始めてから、自分も食べ始めるという作法があります。
日本にも目上の人を立てる文化はありますが、「誰が最初に食べ始めるか」にまで年齢への敬意が表れる点は興味深いところです。
お酒を受け取るときは両手を使う
韓国の伝統的な飲酒マナーにも、年長者への敬意がはっきりと表れます。
年長者からお酒を注いでもらう場合は、グラスを両手で持って受けるのが丁寧な作法とされています。
反対に、年長者へお酒を注ぐときにも両手を使ったり、片方の手でもう一方の腕を支えたりする方法があります。
韓国ではお酒に限らず、目上の人から物を受け取ったり渡したりするときに両手を使うことが、敬意を表すしぐさとして見られます。
年長者の前では横を向いて飲むことも
さらに特徴的なのが、目上の人と一緒にお酒を飲むときのしぐさです。
伝統的なマナーでは、年下の人が年長者の真正面を向いたままお酒を飲むのではなく、顔や体を少し横へ向けて飲むことがあります。
日本人から見ると、
「なぜわざわざ横を向くの?」と思うかもしれません。
しかし、これも年長者に対する敬意を示す作法の一つです。
食事の開始からお酒の注ぎ方、飲み方にまで、年齢や立場への配慮が表れているのです。
現代では場面によってマナーも変わる
もちろん、現代の韓国人が友人同士の食事でも常に厳格な作法を守っているわけではありません。
家族、友人、職場など、一緒に食事をする相手や場面によっても変わります。
特に親しい同世代同士なら、伝統的な作法をそれほど意識せず食事を楽しむこともあります。
そのため、
「韓国では必ずこの方法で食事をしなければならない」
と考えるのではなく、年長者を尊重する伝統的なマナーが現在の食文化にも残っている、と捉えるのがよいでしょう。
日本人から見るとここが不思議!
日本にも先輩・後輩や年長者を尊重する文化があるため、韓国の考え方そのものは理解しやすいかもしれません。
一方で、
年長者が食べ始めるまで待つ
お酒を両手で受け取る
年長者の前では少し横を向いて飲む
といった具体的なしぐさには、日本との違いが見えてきます。
地理的には近い日本と韓国ですが、似ているようで細かなマナーには違いがあります。
こうした違いを知ることも、世界の文化を比較する面白さの一つといえるでしょう。
8.エチオピア|時間をかけて客をもてなす「コーヒーセレモニー」
コーヒーを飲むとき、日本では自宅やカフェで手軽に楽しむことが多いでしょう。
しかし、コーヒーと深い関わりを持つエチオピアには、豆を準備するところから時間をかけてコーヒーを楽しむ「コーヒーセレモニー」という文化があります。
これは単にコーヒーを淹れるだけではなく、家族や友人、客との交流を大切にする伝統的なもてなしの時間でもあります。

生豆を煎るところから始まる
伝統的なコーヒーセレモニーでは、コーヒーの生豆を洗い、その場で焙煎します。
焙煎した豆を砕き、「ジェベナ(jebena)」と呼ばれる特徴的な形をした陶器製のポットを使ってコーヒーを淹れます。
香りを楽しみながら豆を煎り、挽き、抽出するため、私たちがコーヒーメーカーで一杯を淹れるのとはかなり違った時間の使い方です。
セレモニーではお香を焚いたり、ポップコーンや穀物などの軽食を一緒に楽しんだりすることもあります。
コーヒーを3回に分けて飲む
特に特徴的なのが、コーヒーを3回に分けて楽しむことです。
一般的に、
1杯目「アボル(Abol)」
2杯目「トナ(Tona)」
3杯目「バラカ/ベレカ(Baraka/Bereka)」
と呼ばれます。
最初のコーヒーが最も濃く、その後は同じコーヒー豆に水を加えて淹れるため、徐々に薄くなっていきます。
そして3杯目の「バラカ」には「祝福」という意味があり、セレモニーの中でも象徴的な一杯とされています。
つまり、コーヒーを一杯飲んですぐ帰るのではなく、何杯も飲みながら時間を共有すること自体に意味があるのです。
コーヒーを飲みながら人とのつながりを深める
コーヒーセレモニーの大切なところは、コーヒーそのものだけではありません。
家族や近所の人たちが集まり、日常の出来事について話したり、地域の問題について意見を交わしたりする交流の場にもなってきました。
エチオピアの公的機関が紹介する資料でも、コーヒーセレモニーは人間関係や対話を大切にする時間として説明されています。
短時間でコーヒーを飲むことよりも、一緒に過ごす時間そのものが「もてなし」になっていると考えると分かりやすいでしょう。
日本人から見るとここが不思議!
日本では忙しい朝に缶コーヒーを飲んだり、コンビニでコーヒーを買ったりと、「短時間で一杯」という楽しみ方も一般的です。
それに対してエチオピアの伝統的なコーヒーセレモニーでは、
豆を煎る → 挽く → 淹れる → 3回に分けて飲む → 会話を楽しむ
という一連の時間を大切にします。
日本にも茶道という、お茶を通じてもてなしや交流を大切にする文化があります。
使う飲み物や作法は違っても、「一杯の飲み物を通じて人との時間を大切にする」という点では、どこか共通するところがあるのかもしれません。
9.モンゴル|遊牧文化に根付く「ゲルでの客人のもてなし」
広大な草原と遊牧文化で知られるモンゴル。
モンゴルの伝統的な移動式住居「ゲル」を訪れると、客人を大切にする独自のもてなし文化に触れることがあります。
日本の家を訪問するときにも「靴を脱ぐ」「手土産を渡す」といった習慣がありますが、モンゴルにもゲルを訪れる際の伝統的な作法があります。

客人にはまず飲み物や食べ物を振る舞う
モンゴルでは、訪ねてきた客を飲み物や食べ物でもてなす文化が大切にされてきました。
代表的なのが「スーテーツァイ」と呼ばれる乳茶です。
さらに乳製品などが振る舞われることもあり、客人を迎えて食べ物や飲み物を分かち合うこと自体が大切なコミュニケーションになります。
国営通信社MONTSAMEが紹介する伝統的なモンゴルのもてなしでも、乳茶や乳製品などを客に振る舞う文化が説明されています。
物を渡すときにも敬意を表す
興味深いのが、客人に物を差し出すときの作法です。
伝統的には、食べ物や飲み物などを客へ差し出すとき、両手または右手を使います。
右手だけで渡す場合でも、左手を右腕やひじの付近に添えるしぐさが見られます。
これは相手に対する敬意を表すものです。
日本でも贈り物や名刺などを両手で渡すことがありますが、離れた地域の文化にも「両手を使って敬意を表す」という共通点があるのは面白いところです。
ゲルには空間の使い方にも伝統がある
ゲルは一つの大きな空間のように見えますが、内部には伝統的な空間の使い分けがあります。
入口から見た位置によって、家族や客人が過ごす場所などに一定の考え方があり、客人を迎える場所にも意味があります。
そのため、初めてゲルを訪れる場合は、勝手に好きな場所へ移動するよりも、主人に案内された場所へ座る方が安心です。
現在では観光客向けのゲルキャンプも多く、すべての場所で伝統的な作法が厳格に求められるわけではありません。
それでも、遊牧生活の中で形成されてきたゲルの文化を知っておくと、モンゴルの人々の暮らしをより深く理解できます。
「客を迎えること」そのものが大切な文化
遊牧生活では、広大な土地を移動しながら暮らしてきた歴史があります。
そのような環境では、人と人とのつながりや訪問者を迎えることが重要な意味を持ってきました。
ゲルを訪れた客に乳茶や食べ物を振る舞う文化からも、客人を大切にする価値観を見ることができます。
単なる「家に入るときのマナー」ではなく、生活環境と人間関係の中から生まれた文化なのです。
日本人から見るとここが不思議!
日本にも来客へお茶を出したり、お菓子を用意したりする「おもてなし」の文化があります。
モンゴルでも乳茶や食べ物を振る舞い、物の渡し方にまで相手への敬意が表れます。
一見するとまったく異なる生活文化ですが、
「家を訪れた人を飲み物や食べ物でもてなす」
という部分には、日本との意外な共通点があります。
世界の風習を調べていると、違いだけではなく、このような共通点が見つかるのも面白いところです。
10.タイ|人の頭をむやみに触らない文化
日本では、子どもの頭をなでたり、親しい友人の髪に触れたりすることがあります。
ところがタイでは、他人の頭へむやみに触れることは避けた方がよいとされています。
その背景には、タイ文化における「頭」と「足」に対する独特の考え方があります。

頭は身体の中でも神聖な部分
タイの伝統的な考え方では、頭は身体の中で最も高い位置にあり、神聖な部分として扱われてきました。
さらに、頭には「クワン(khwan)」と呼ばれる生命や精神に関わる存在が宿るという伝統的な信仰もあります。
そのため、親しい関係でもない人の頭を突然なでたり、髪を触ったりする行為は失礼に受け取られる可能性があります。
日本では子どもを褒めるときに頭をなでることがありますが、タイを訪れた際には、日本と同じ感覚で知らない子どもの頭へ触れない方がよいでしょう。
頭とは反対に「足」は低いものと考えられる
タイ文化では、身体の最も高い場所にある頭が神聖視される一方、地面に近い足は身体の中でも低いものとして考えられてきました。
そのため、
人や仏像などへ足の裏を向ける
足を高い場所へ乗せる
といった行為も避けるべきマナーとされています。
寺院などで座る場合も、仏像へ足の裏が向かないように注意する必要があります。
「頭は高く神聖なもの、足は低いもの」という身体の上下に対する考え方が、日常のマナーにも反映されているのです。
現代でも知っておきたいマナー
もちろん、タイでも人間関係や場面によって受け止め方には違いがあります。
しかし、「他人の頭へ不用意に触れない」「人や神聖なものへ足を向けない」という基本的な考え方は、現在のタイ文化を理解するうえでも知っておきたいポイントです。
実際にタイを旅行するときにも役立つマナーなので、覚えておいて損はありません。
日本人から見るとここが不思議!
日本にも「枕を踏まない」「人を足で指さない」など、頭や足に関係するマナーがあります。
しかし、タイでは頭と足の位置そのものに文化的・象徴的な意味があり、それが対人マナーにも深く関係しています。
何気なく行っている身体のしぐさでも、国が変わればまったく違った意味に受け取られることがあります。
海外を訪れる際には、言葉だけではなく、このような「身体のマナー」を知っておくことも大切です。
11.ギリシャ|新年にザクロを割って幸運を願う
日本では新年になると、初詣へ行ったり、おせち料理を食べたりして一年の幸運を願います。
一方、ギリシャには新年に「ザクロ」を割るという、日本ではあまり見られない風習があります。
新しい年の始まりにザクロを家の入口などで勢いよく割り、たくさんの種を飛び散らせるのです。

なぜザクロを割るの?
ザクロはたくさんの種を持つ果物です。
ギリシャでは古くから、ザクロが豊かさ・繁栄・幸運・生命力などを象徴するものとして扱われてきました。
新年にザクロを割り、中に詰まっている赤い種を一斉に飛び散らせることで、新しい一年に幸運や豊かさが広がることを願います。
地域や家庭によって方法には違いがありますが、新年に教会から帰宅した後、家の入口でザクロを割る伝統もあります。
種がたくさん飛び散るほど縁起がよいと考えられてきました。
家に入るときは「右足」から?
ザクロ割りと一緒に見られるのが、新年最初に家へ入る人を重視する「ポダリコ(podariko)」と呼ばれる習慣です。
幸運をもたらすと考えられる人が最初に家へ入り、その際に右足から踏み入れるという伝統があります。
つまり、新年の最初の行動を縁起のよいものにして、その一年の幸運を願うわけです。
日本でも初夢や初詣など「一年の最初」を大切にしますが、ギリシャでも新年の始まりにはさまざまな縁起担ぎがあります。
日本人から見るとここが不思議!
日本人にとって、果物は「食べるもの」というイメージが強いため、玄関でザクロを思い切り割る光景には驚くかもしれません。
しかし、
ザクロのたくさんの種=豊かさ
種が広がる=幸運が広がる
と考えると、この風習の意味が見えてきます。
日本のおせち料理にも、数の子を子孫繁栄、黒豆を健康などに結び付ける縁起担ぎがあります。
使われる食べ物や方法は違っていても、新年に食べ物へ願いを込めるという点では、日本とギリシャにも意外な共通点があるのです。
12.メキシコ|死者を明るく迎える「死者の日」
メキシコを代表する文化の一つが「死者の日(Día de Muertos)」です。
毎年10月末から11月初めにかけて行われ、特に11月1日と2日が中心となります。
名前だけを見ると少し怖そうですが、死者の日は亡くなった家族や大切な人を思い出し、その魂を迎えるための行事です。
家には色鮮やかな「オフレンダ」を飾る
死者の日には「オフレンダ(ofrenda)」と呼ばれる祭壇が作られます。
そこには、
・亡くなった人の写真
・ろうそく
・マリーゴールドの一種「センパスチル」
・故人が好きだった料理や飲み物
・パン・デ・ムエルト(死者のパン)
・切り紙細工など
さまざまなものが飾られます。
故人が好きだった食べ物まで用意するところに、「亡くなった人を再び家へ迎える」という考え方がよく表れています。
墓地を訪れ、墓を花やろうそくで飾って故人を偲ぶ家庭もあります。
「死者の日=メキシコ版ハロウィン」ではない
時期が近く、ガイコツをモチーフにした装飾も多いため、ハロウィンと混同されることがあります。
しかし、死者の日とハロウィンは本来別の文化です。
死者の日には、メキシコの先住民文化に由来する死者への信仰と、スペイン人によってもたらされたカトリックの「諸聖人の日」「死者の日」などが融合してきた歴史があります。
単なる仮装イベントではなく、生きている人と亡くなった人とのつながりを再確認する大切な行事なのです。
ユネスコ無形文化遺産にも登録
メキシコの先住民コミュニティに伝わる「死者に捧げる祭礼」は、2008年にユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に登録されています。
ユネスコでは、亡くなった家族や大切な人が一時的にこの世へ戻ってくることを記念する行事として紹介されています。
日本人から見るとここが不思議!
日本のお盆にも、亡くなった先祖の霊を迎え、供養する文化があります。
その意味では、死者の日とどこか似ている部分があります。
一方、色鮮やかな花やガイコツの装飾を使い、死を身近なものとして表現する姿は、日本人にはとても印象的でしょう。
一見するとまったく違う行事でも、
「亡くなった大切な人を迎え、家族で思い出す」という部分には、日本のお盆との意外な共通点があります。
世界には、メキシコの「死者の日」以外にも、日本のお盆と似たように亡くなった人や先祖を大切にする文化があります。
各国の先祖供養については、「世界にもお盆はある?各国の先祖供養文化を比較」で詳しく紹介しています。
13.フィリピン|9月から始まる非常に長いクリスマスシーズン
日本では、ハロウィンが終わった11月頃から街にクリスマスの飾りが増え始めます。
ところがフィリピンでは、なんと9月頃からクリスマスの準備や雰囲気が始まります。
9月・10月・11月・12月は、英語で月名の最後に「ber」が付くことから「Ber Months(バーマンス)」と呼ばれ、9月に入るとクリスマスソングや飾り付けが目立つようになります。

なぜフィリピンのクリスマスは長い?
フィリピンではキリスト教、特にカトリックが社会や文化に大きな影響を与えてきました。
そのためクリスマスは単なる冬のイベントではなく、宗教的にも家族にとっても重要な行事です。
フィリピン政府観光省によると、本格的なクリスマスシーズンは12月16日から1月の第一日曜日までとされますが、その準備は9月から始まります。
つまり、宗教行事としての期間だけでなく、街や家庭でクリスマスを楽しむ期間まで含めると、非常に長いクリスマス文化が形成されているのです。
9日間続く「シンバン・ガビ」
フィリピンのクリスマスを代表する伝統の一つが「シンバン・ガビ(Simbang Gabi)」です。
12月16日からクリスマスまでの9日間、教会でミサが行われ、多くの信者が参加します。
また、星形のランタン「パロル(Parol)」もフィリピンのクリスマスを象徴する存在です。
街や住宅が色鮮やかなパロルで飾られ、フィリピンならではのクリスマス風景が作られます。
日本人から見るとここが不思議!
日本で9月といえば、まだ残暑が続くこともある時期です。
そんな時期からクリスマスムードが始まると聞けば、驚く人も多いでしょう。
しかしフィリピンでは、クリスマスは家族とのつながりや信仰を大切にする重要な季節。
9月から少しずつ盛り上がり、12月に本格的な祝祭を迎えるという長い時間そのものが、フィリピン独自のクリスマス文化になっています。
「クリスマスは12月」という日本人の感覚も、世界共通ではないのです。
14.中国|春節に幸運を贈る赤い封筒「紅包」
中国の春節(旧正月)には、「紅包(ホンバオ/hóngbāo)」と呼ばれる赤い封筒にお金を入れて贈る習慣があります。
特に年長者から子どもなど若い世代へ渡すことが多く、日本の「お年玉」によく似た文化です。
しかし、中国では中に入っているお金だけでなく、封筒の「赤色」そのものにも大切な意味があります。

赤色は幸運やお祝いを象徴する色
中国文化では赤色が幸運や喜びなどと結び付けられており、春節には街中でも赤い装飾を数多く見ることができます。
紅包もその一つです。
春節に年長者から子どもへ渡されるお金は「圧歳銭(yāsuìqián)」とも呼ばれ、現在では新しい一年の健康や安全、幸運を願う意味が込められています。
また、紅包は子どもだけに贈られるとは限りません。
地域や家庭によっては大人から年長者へ感謝を込めて贈ったり、職場などで使われたりすることもあります。
金額にも縁起を意識することがある
紅包に入れる金額についても、縁起のよい数字が選ばれることがあります。
たとえば「8」は中国で縁起のよい数字として好まれるため、「88」など8を含む金額が選ばれることがあります。
一方、「4」は「死」を意味する言葉と発音が似ていることから、避けられる場合があります。
ただし、実際の金額や作法には地域・家庭・相手との関係によって違いがあります。
現代では「デジタル紅包」も
さらに興味深いのが、伝統的な紅包がデジタル時代にも受け継がれていることです。
現在ではスマートフォンを利用して、電子的な紅包を家族や友人へ送ることも広く行われています。
紙の赤い封筒からスマートフォンへ形が変わっても、新年の幸運や祝福を贈るという文化そのものは残っているのです。
日本人から見るとここが不思議!
日本のお年玉と非常によく似ているため、今回紹介する15選の中では理解しやすい風習かもしれません。
しかし、
赤い封筒を使う
縁起のよい数字を意識する
スマートフォンでも紅包を送り合う
といった部分には、中国独自の文化が表れています。
日本のお年玉と中国の紅包を比較すると、同じ「新年にお金を贈る」という習慣でも、色や数字、渡し方にそれぞれの文化が反映されていることが分かります。
15.ニュージーランド・マオリ|鼻と額を合わせる挨拶「ホンギ」
世界には、握手やハグ、お辞儀などさまざまな挨拶があります。
ニュージーランドの先住民族マオリには、「ホンギ(hongi)」と呼ばれる伝統的な挨拶があります。
ホンギでは、お互いの鼻を合わせるようにして挨拶を交わします。場面によっては額も合わせる形になります。
日本のお辞儀とは大きく異なるため、初めて見ると非常に印象的な挨拶でしょう。
「生命の息」を分かち合う
ホンギは単に鼻を合わせるだけの動作ではありません。
鼻を合わせることによって「hā(生命の息)」を分かち合い、人と人とのつながりや一体感、敬意などを表す意味があります。
マオリの伝承では、神ターネ(Tāne)が土から最初の女性ヒネアフオネ(Hineahuone)を形作り、その鼻へ息を吹き込むことで生命を与えたという物語があります。
ホンギには、この「生命の息」にまつわる考え方が反映されているのです。
正式な歓迎の場でも行われる
ホンギは、マオリの正式な歓迎儀礼「ポーフィリ(pōwhiri)」でも見ることができます。
ポーフィリでは、呼びかけやスピーチなどさまざまな儀礼が行われ、その後、訪問者と迎える側がホンギを交わすことがあります。
これは、訪問者が平和的に迎え入れられ、人と人とのつながりが生まれたことを示す大切な行為です。
マオリ以外の人でも、マオリの儀式へ参加した際にホンギで迎えられることがあります。
「鼻をこすり合わせる」とは少し違う
ホンギについて「鼻をこすり合わせる挨拶」と説明されることがありますが、実際には鼻を激しくこするわけではありません。
基本的には、お互いの鼻を静かに押し合わせます。
形式や回数などは地域や場面によって異なることもあるため、実際に参加する場合には、その場の人の動きや案内に従うのがよいでしょう。
日本人から見るとここが不思議!
日本のお辞儀では、相手との身体的な距離を保ちながら敬意を示します。
一方、ホンギでは鼻や額を合わせるほど相手へ近づきます。
方法は正反対に見えますが、どちらにも相手を尊重し、人と人との関係を確認するという意味があります。
挨拶という何気ない行為にも、その民族の歴史や世界観が反映されているのです。
世界各地の挨拶を比べてみると、私たちが普段何気なく行っている「お辞儀」も、日本独自の文化の一つなのだと改めて気付かされます。
世界には、不思議な文化や風習だけでなく、まるで創作の世界のような自然現象も実際に存在しています。
世界で起こる神秘的な現象については、「実在する不思議な自然現象15選!世界で起こる神秘的・奇妙な現象を紹介」でもまとめています。
まとめ|世界の不思議な風習を知ると文化の違いが見えてくる
今回は、**「世界の不思議な風習15選」**として、日本人から見ると驚いてしまうような世界各地の文化や習慣を紹介しました。
街中で大量のトマトを投げ合うスペインの「ラ・トマティーナ」、結婚前に食器を割るドイツの「ポルターアーベント」、独身者の誕生日にシナモンをかけるデンマークの習慣など、行動だけを見ると「なぜそんなことをするの?」と思ってしまうものもあります。
しかし、その背景を調べてみると、単なる変わった行動ではないことが分かります。
歴史や宗教、縁起担ぎ、自然環境、家族や地域とのつながりなど、それぞれの風習には、その土地で暮らしてきた人々の価値観が反映されています。
また、世界の文化を見ていると、日本との意外な共通点が見つかることもあります。
メキシコの「死者の日」と日本のお盆、エチオピアのコーヒーセレモニーと日本のお茶によるもてなし、中国の紅包と日本のお年玉など、方法は違っていても、家族を大切にする、客をもてなす、新しい年の幸運を願う、亡くなった人を思うといった気持ちには共通する部分があります。
反対に、日本では当たり前の「家に入るときに靴を脱ぐ」「お辞儀をする」「正月に初詣へ行く」といった習慣も、文化を知らない外国人から見れば不思議に感じられるかもしれません。
つまり、何を「普通」と感じるかは、自分が育ってきた文化によって大きく変わります。
世界の風習を知る面白さは、珍しい文化を見つけることだけではありません。
「なぜこのような習慣が生まれたのだろう?」
と背景まで知ることで、その国や地域の歴史、人々の考え方まで見えてきます。
海外旅行をするときにも、現地の文化やマナーを少し知っているだけで、見える景色はきっと変わるでしょう。
世界の文化や風習は、実際にその土地を訪れてみると、写真や文章だけでは分からない魅力に気付くこともあります。
海外旅行を計画している人は、航空券やホテルだけでなく、現地で参加できるツアーや文化体験なども探してみると、その国ならではの文化をより深く楽しめるでしょう。
今回紹介した15の風習をきっかけに、世界各地に残るさまざまな文化や習慣にも目を向けてみてください。
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